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ピッケルの話
中町のYさんが若い頃使っていたピッケル。先輩から譲られたものだそうです。
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稀代のピッケル鍛冶・山内東一郎作。山岳博物館に寄贈することにしたとのことで、送る前に見せに来てくださったのです。

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←長年使い込まれて丸くなった石突。

山内東一郎という人については、ぜひネットで検索してみてください。
東北大や仙台に縁のある人はご存知かもしれません。

Yさんがこのピッケルを持って登山をしていた若い頃には、
知らない人から「見せてください」と声をかけられ、
「大変なものですから大切にしてください」と言われたそうです。


<次の写真>
サビ止め加工をしたときに薄くなってしまったそうですが、
山内氏の銘が刻まれているのがわかりますか?
Yさんと二人でどうにか写真に収めようとしたのですが、
いくらよいカメラでも、honmatikaiwaiの腕ではこれが限界でした。
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銘があるということは、番号も刻まれているはずなのですが、残念ながらこれは識別できませんでした。
「明らかに山内作と分かる銘のある物の現存数は700本以下であろうと推察される。」ということですから、
このピッケルはそのうちの一本なんですね。
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この焼印は、日本山岳会のロゴ。「1771」というのは、Yさんの先輩の会員番号だったのでしょうか。
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反骨の職人の手によって生まれ、幾多の登攀で登山家を守リ続けてきたこのピッケルの存在感に圧倒され、今その役目を終えようとしているときに触れることができたことに感謝した至福のひとときでした。
by honmatikaiwai | 2009-07-22 22:52 | 駅前通りのお宝 | Comments(4)
Commented by さんさ時雨 at 2009-07-22 23:30 x
仙台にゆかりがあっても、ピッケルを使ったことがあっても、
山内東一郎は知りませんでした。
無駄のない美しいフォルム。惚れ惚れします。
蔵王のお釜の斜面でピッケルを使って滑落停止の訓練をしたとき
ずるずると止まらなかったのは安物のピッケルだったからでしょうか?
Commented by 茶まゆ at 2009-07-23 00:17 x
ピッケルを使って山に登ったことのないわたしでも
時を経、人を経てきたこのピッケルの重みを感じます。
物を作る人と使う人の思いがこれほどまで純化されることは
これからあるのでしょうか?と考えさせられました。
Commented by シロクマ at 2009-07-23 09:57 x
山内東一郎のピッケルとは大変な宝物です。世界で有名ですし、
刻印番号は2186番までですが欠番が多いですので貴重です。
因みに第1号は昭和3年です。
彼は青森の鍛冶屋にうまれ志を立て上京しようとしたがお金
がなく仙台に途中下車し、仙台高等工業(戦後東北大に合併)
の実験場に就職し、のちに世界でも有名な東北大金研(金属
研究所)で世界的に有名になった方です。
仙台市功労者でもあります。実物を拝みたいです。
Commented by honmatikaiwai at 2009-07-24 08:58
このピッケルは、今月末に大町の山岳博物館に寄贈されるそうです。
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